中学から高校に掛けての時代に,島崎藤村の詩の世界に興味を持った人も多いと思います。
幾つかの有名な詩を思い出してみましょう。
当時,一生懸命に暗記したりという経験,ありませんでしたか?
詩集『若菜集』より つれづれ文庫http://www.nextftp.com/y_misa/ より抜粋
『初恋』 |
そ まへがみ まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき はなぐし 前にさしたる花櫛の 花ある君と思ひけり やさしく白き手をのべて 林檎をわれにあたへしは うすくれなゐ み 薄 紅の秋の実に そ 人こひ初めしはじめなり わがこゝろなきためいきの その髪の毛にかゝるとき さかづき たのしき恋の盃を なさけ 君が情に酌みしかな こ した 林檎畠の樹の下に ほそみち おのづからなる細道は た 誰が踏みそめしかたみぞと 問ひたまうこそこひしけれ |
『高楼』 |
妹 とほきわかれに たへかねて このたかどのに のぼるかな かなしむなかれ わがあねよ たびのころもを とゝのへよ 姉 わかれといへば むかしより このひとのよの つねなるを ながるゝみづを ながむれば ゆめはづかしき なみだかな 妹 したへるひとの もとにゆく きみのうへこそ たのしけれ ふゆやまこえて きみゆかば なにをひかりの わがみぞや 姉 あゝはなとりの いろにつけ ねにつけわれを おもへかし けふわかれては いつかまた あひみるまでの いのちかも 妹 きみがさやけき めのいろも きみくれなゐの くちびるも きみがみどりの くろかみも またいつかみん このわかれ 姉 なれがやさしき なぐさめも なれがたのしき うたごゑも なれがこゝろの ことのねも またいつきかん このわかれ 妹 きみのゆくべき やまかはは おつるなみだに みえわかず そでのしぐれの ふゆのひに きみにおくらん はなもがな 姉 そでにおほへる うるはしき ながかほばせを あげよかし ながくれなゐの かほばせに ながるゝなみだ われはぬぐはん |
『潮音』 |
わきてながる やほじほの そこにいざよふ うみの琴 しらべもふかし もゝかはの よろづのなみを よびあつめ ときみちくれば うらゝかに とほくきこゆる はるのしほのね |
『酔歌』 |
旅と旅との君や我 君と我とのなかなれば たもと うたぐさ 酔ふて袂の歌草を 醒めての君に見せばやな ま 若き命も過ぎぬ間に 楽しき春は老いやすし た たから 誰が身にもてる宝ぞや 君くれなゐのかほばせは 君がまなこに涙あり うれひ 君が眉には憂愁あり かた 堅く結べるその口に それ声も無きなげきあり 名もなき道を説くなかれ 名もなき旅を行くなかれ 甲斐なきことをなげくより うま 来りて美き酒に泣け |
詩集『落梅集』より 雑学倶楽部Topに戻る
『小諸なる古城のほとり』 |
小諸なる古城のほとり ゆうし 雲白く遊子悲しむ 緑なす《はこべ》は萌えず し 若草も藉くによしなし ふすま しろがねの衾の岡辺 と 日に溶けて淡雪流る あたゝかき光はあれど かをり 野に満つる香も知らず 浅くのみ春は霞みて 麦の色はづかに青し むれ 旅人の群はいくつか 畠中の道を急ぎぬ 暮れゆけば浅間も見えず かな くさぶえ 歌哀し佐久の草笛 千曲川いざようふ波の 岸近き宿にのぼりつ 濁り酒濁れる飲みて 草枕しばし慰む |
『椰子の実』 |
名も知らぬ遠き島より や し み 流れ寄る椰子の実一つ ふるさと はな 故郷の岸を離れて なれ いくつき 汝はそも波に幾月 もと き お しげ 旧の樹は生いや茂れる 枝はなお影をやなせる なぎさ まくら われもまた渚を枕 ひとりみ うきね 孤身の浮寝の旅ぞ み 実をとりて胸にあつれば あらた りゆうり うれひ 新なり流離の憂 うみ ひ 海の日の沈むを見れば たぎ お いきよう なみだ 滾り落つ異郷の涙 や へ しほじほ 思ひやる八重の汐々 いづれの日にか国に帰らん |
『千曲川旅情のうた』 |
きのふ 昨日またかくてありけり け ふ 今日もまたかくてありなむ あくせく この命なにを齷齪 あ す 明日のみを思ひわづらふ えいこ いくたびか栄枯の夢の 消え残る谷に下りて 河波のいざよふ見れば 砂まじり水巻き帰る こじよう 嗚呼古城なにをか語り 岸の波なにをか答ふ いに 過し世を静かに思へ ももとせ 百年もきのふのごとし 千曲川柳霞みて 春浅く水流れたり たゞひとり岩をめぐりて うれひ つな この岸に愁を繋ぐ |